日系法人紹介シリーズ Vol.3

YKKデンマーク社 YKK Danmark A/S

シリーズ第3回は、ユトランド代表理事片岡豊氏に、YKK Danmark A/Sを訪問取材していただきました。
取材日:2000年10月26日


ユトランドの田舎に位置するYKK


オーフスから西方約65km、ユトランド半島の中心に位置するイーカスト (IKAST)は、人口23000人。デンマークの自治体としては決して小さい方では ないが、ユトランド半島の広々とした森と畑の中にポツリとある何の特徴もない辺ぴ な田舎都市。そんなところに日本の企業が進出している。
YKKといえば子供でも知っ ているファスナーの最大メーカーである。なぜ、この国際的にも有名な日本企業がユ トランド半島の田舎町に子会社を設立したのだろうか、と不思議に思われる方も多い のではないだろうか。
「この地域は、一昔前には羊が多く、羊毛の生産地だったそうです。そのため繊維工 場ができ、その後イーカスト(Ikast)、ヘアニング(Herning), シルケボー (Silkeborg)、そしてオーフス(Aarhus)も含む圏内に多くの繊維・裁縫企業が発 展してきました。」
と語るのは、1998年に赴任したYKKデンマーク社の宮武政治社長。デンマークの 繊維産業の中心地イーカストに、YKKデンマーク社が設立されたのは1982年10 月。現在、4000平米の敷地と2000平米の建物を所有している。ヨーロッパや アジアの姉妹会社からファスナー製品を輸入してデンマーク国内で販売している。さ らに日本から機械を導入してファスナーのアセンブリー(組み立て)を中心とした製 造も行い、工場直送による素早い納期で顧客のニーズに対応できる体制をとってい る。
従業員は、社長の宮武さんと工場長の植田さんの日本人2名以外に29人。宮武さん はデンマークに赴任される前は16年間スペインそして2年英国の姉妹会社に勤めら れ、海外生活が長い。奥さんはスペイン人とのこと。
本社のYKK株式会社は1934年に発足し、現在では世界57カ国に合計91の子会 社を抱え、YKKグループ従業員は総数3万6千人の大企業である。 事業内容は、ファスニング商品(ファスナー、繊維・樹脂製品とスナップ・ボタン) の製造販売のほかに、アルミ建材の製造も行っている。事業売上としては、ファスニ ングは年間1,835億円、アルミ建材は年間3,590億円と、後者のほうが上回ってお り、従業員もアルミ建材の方が多いとのこと。

デンマークでの事業展開と今後の見通し


それにしても、ファスナーという誰でも日常生活でごくあたりまえに使っている小さ な部品のために、デンマークに子会社を設けるほどの基盤があるのだろうか?特にこ こ数年、デンマークの多くの繊維・縫製会社が労働力の安いポーランドやポルトガル に工場を移転したり、あるいは現地の会社に生産委託をしたりしているというニュー スをよく耳にするが、そうなればYKKのデンマーク社の存在基盤も消滅してしまうの ではないだろうか?そのあたりの疑問を率直に宮武社長にお尋ねしてみた。

宮武社長
「YKKデンマーク社の事業は製造20%、輸入販売80%です。輸入元は主にスペイ ン、英国の姉妹会社ですが、大量な受注の場合は台湾やインドネシアなどのアジアの 姉妹会社から輸入することになります。標準であれ、特殊仕様の製品であれ希望納期 が短い場合にはデンマーク工場直送という形で顧客のニーズに対応してつないでいま す。このバランスを取る必要があります。YKKのデンマーク市場のシェアは69% で、これ以上販売を伸ばすことは難しい状態です。確かにポルトガルやポーランド等 の東欧諸国で生産する繊維メーカーが多くなり、そうなると今後の見通しは厳しく なってきます。
現在のところでは、部品はすべてデンマークで調達し、それを生産地 に送り込んで完成させ、それをデンマークに逆輸入したり、また外国に再輸出したり していますが、生産地で部品も調達するようになれば、YKKそのものの販売業績には 影響はありませんが、YKKデンマーク社にはマイナスになります。

と、今後の見通しについては楽観視できない状況のようだ。さらに低価格のノーブラ ンド品との競合がある。YKKのブランド名を使った類似品も出回っている。これらに 対抗して販売を伸ばしていくことが大切だと強調する反面、宮武社長の口調からはそ れほど悲壮な感じは聞き取れない。何故だろうか。 植田工場長の説明に耳を傾けてみる。

植田工場長
「YKKデンマーク社が扱っている商品は大きく 分けると3種類あります。ファスナーの他に、コスモロンと呼ばれる面ファスナー製 品、そして作業服を中心とした衣料等に使われている金属製、プラスチック製のス ナップ・ボタンの3種類。これらの新しい製品が数多くあります。そして、ファス ナーも、既存の金属やプラスチック製の他にテープをコーティングしたり撥水性のあ るものにしたり、あるいはデザインにメリハリを付けたグラフィック・ファスナーな ど付加価値の高い商品が開発されています。

ファスナーとかジッパーと呼ばれている、この何気ない日常製品。ちょっと周りを見 渡してみると、確かに日常着ている服についているだけではなく、驚くほど多くのも のに使用されている。家具のクッション、スポーツ服やスポーツ用品、アウトドア活 動に必須のテントや軍隊や警察のユニフォームなど幅広く使われている。さらに面 ファスナーや、多種多様な金属・プラスチック製のスナップ・ボタンまで含めると、 用途は果てしなく広がっていくように思える。
内装改造されたばかりのきれいな応接室の壁には毛筆で書かれた創始者のモットー 『善之巡環』が掛かっている。宮武社長が分かりやすく解説してくれた。「他人の利 益を図らずに自らの繁栄はない。」
YKKの顧客である繊維・縫製メーカーの利益につながるように新しい商品と付加価値 のある商品を提供していくことで、YKKデンマーク社も利益は伸びると宮武社長は確 信をもっている、と見た。



訪問取材:片岡豊